反抗期終了

さて。

 

ダンナとギボの話。

 

 

ダンナがまだ十代の頃、ギボはだんだんと下半身に自由が利かなくなってきたそうだ。病名は「脊椎炎」と言われたらしいけど、結局は原因のわからない不治の病ってこと。

 

ダンナが21の時に結婚したからワタシもその当時のこと覚えてるけど、杖をつきながらビッコひいて、それでも結婚式の時は立ってお客さんを迎えてくれた。今考えればけっこう無理してくれてたんだろうなぁ。。。

 

それからだんだんと足の不自由さは増していき、自力ではお風呂に入れなくなって。それをダンナが月一回実家に行って、ダンナが介助して風呂に入れてやっていた。

そんな無理なことしてって、何度も何度も話をした。けどギボがどうしても外の人に力を借りるのは嫌だ。ようするに誰か知らない人に介助されるのが嫌だって。

そう言われてダンナはず~っと、お義父さんが亡くなってしばらくまで、15年以上そういうのに付き合っていた。何度かギックリ腰にもなりながら。

 

アホか、と思ってた。そんな無理いつまでも続くことじゃないよって。誰かに頼るべきだと。

 

その後、お義父さんが亡くなり、その年の夏に母は冷房もつけない部屋で、急性腸炎になり死にそうになっていた。

その時もギリギリになってからアニキが「お母さんが死にそうなんだけど病院行かないって。どうしよう?」って連絡が入る。お前はバカか?って。ダンナと見に行ったらそういう状態だった。

それでもダンナは母に、

 

「どうすんだ?このままだと死ぬぞ。病院行かないのか?」


って聞いてた。

お前もバカか?と。そんなこと言ってる場合じゃないよって、ワタシがダンナに言って、なんとか説得して救急車呼んだ。

 

その時に一度老人ホームに入ろうかって話をして、本人も納得したのに、いざここにしようって説明したら、急転行かないって。

 

ワタシ、めっちゃくちゃ頭きて、実家から出て通りでギャンギャン泣きながら冗談じゃないよって。その時までにけっこう自宅治療のキツイ作業とかさせられてて(おむつ替えとかね。)自分の精神状態がギリギリだったからさ~。

そんなワタシにごめん、ごめんってただ謝ってたダンナ。奴の方が日曜たんびにそんなことさせられて大変だったろうに。

 

 

しばらく後にダンナに聞いたの。なんでそこまでギボの言うこと聞いてやるの?って。

 

「体が動かなくなったろ。で、家にずっと引きこもってる状態じゃん。だからそれ以外やりたいことは、なるべく本人の思い通りにしてやりたいって思ってんだよ。」

 

って。

それってすごい覚悟なわけだなぁって思ったのさ。

自分もギックリ腰になりながら風呂に入れてやる、そして目の前で死にそうになってても、それを本人がイヤだと言えば、病院入れないで黙ってみてるってのも。

バカだなぁと思う。バカな家族。けど、ダンナのそういう覚悟を聞いて、そんときはなんも言えなかったし。

 

 

それから自宅介護の限界で、ギボは片足を切って、さらに人工血管を入れる手術をした。もうほんとに無理だよ。お義母さんを説得しとくれって。

 

それからようやっと施設に入ったんだけどね。3か月にいっぺんの定期健診も最初の年は行ったんだけど、本人がいくたびにすんごい顔して嫌がるわけ。「病院なんて来たって無駄。検査が大変。来たくない。」

それもほんっとイヤだったのね。あなたのために来てるのに、無理やり連れてこられて~みたいな顔されて~と。そう話したらダンナっち、

「もう連れてかなくていいよ。本人がそう言ってんだから。」

 

そうはいかないだろうって言ったけど、結局ギボは行きたくないし、自分も行きたくない。ダンナもそれでいいよって、それで病院に行くのもやめてしまった。

それでいいの?って思ったよ。思ったけど、ちょっともうよ~わからんって。

 

 

今の仕事に就いて、調理師免許取れるまではそっちに集中するからって…ま、言い訳だよね。そんでワタシはホームにもほとんど行かなくなって。

ダンナも「お前は来なくていいよ。」って。

正直息子が一人でそういうとこに会いに行っても、二人してな~んてことも起きないんだよね。することないし。

そんでも最低限の義務だと月に一度、ダンナはお義母さんに会いに行っていた。

 

 

ちゃんっと最期まで、ダンナはお義母さんに付き合っていた。

ダンナも、自分が生まれた家のへんちょこりんな見得とかやり方とかはわかってたと思う。わかってながら、奴なりのルールに乗っ取って、それに付き合い続けてきた。

外の目を持つワタシからすると付き合いきれんっ!と思う場面が何度もあった。それもわかっていたから、ダンナなりにワタシと義実家との付き合いを最低限にさせてる様子もわかっていた。

 

ほんと~に今さらだけど、何も出来ん嫁でごめんよ。ダンナ。

 

 

お義母さんが死んだ日。

 

夜、飲み行った。一日怒涛のごとくだったのでその場でようやくほっとして。

 

寂しい?と聞いたらちょっとなぁって。俺も人の子なんだなぁ、と笑うダンナに言ったのさ。

 

「あんたはほんとによくやった。本当によく付き合ってやってたよ。ほんとに偉かったよ。」

 

そう言ったら、ダンナ目頭抑えてた。

 

その一回だけ、奴が泣いたのは。

 

泣いてくれて、ちょっとほっとした。

泣かないと、きっと気持ち続いちゃうもんねって。

 

 

 

 

 

そんな話。

ダンナの話。

 

 

お互いこれで、親なし子なしの人生に本番突入した。

 

ある意味リスタートって気分。

 

ここ数年のぷんっ!という気持ちが、不思議なことにきれいさっぱりなくなった。

なんだろこれ?ギボがワタシの毒気を持ってってくれたんだろか???チーン

 

前述したとおり、ダンナは十分に中年の不安定なお体になっている。そのこともはっきりと発覚した。

 

今まで頑張ってきたダンナを、ちょっと大事にしてやろうかなぁと思う。

 

 

 

 

・・・そして、実はもんのすごく後悔している。ギボのこと。

 

ほんっと~~~~によくある話で自分でもガックリくるが、

ほんと~~~~~~~~になんもしない嫁であった。

 

もっと出来ることがあったのに、ね。

「これはなめちゃんの仕事だね。」と言われた意味がようやっとわかった。けど出来なかった。バカだよねぇ。とほほ。。。

 

 

ほんっと、よくある話になります。

 

ごめんなさいママ。

もっとあなたに、正直になれれば良かったよなぁって今は思ってるよ。

その分息子さんのことを、これからは大事にしようかと思います。

 

 

 

できるだけねドキドキ

えへへ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなわけで。ここ数年続いた反抗期を終了させようと思います。

 

これからは優しい妻に・・・はなるわきゃねぇしっ!!けけっ!ゲラゲラ

 

 

ま、楽しくね。

生きていこうと思う。ダンナと二人で。

 

あ。うちのアニキもいるけどね。けけっ。

 

 

 

 

 

 

 

そんなこんなな一週間。

怒涛のゴールデンウイークby葬儀の話はこれにて~おしまいっ!!ドクロドクロドクロ

 

 

 

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Author:なめ
ネコをなでなで、つまみをモシャモシャ、たまにダンナとバカ話( ´ ▽ ` )ノ

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